売上向上や販路拡大、顧客からの信頼獲得など、さまざまな恩恵をもたらす“業務改善”。働き方改革の影響もあり、多くの中小企業でも試みられていますが、「思うように進まない」といったケースが後を絶ちません。複雑化する現場課題が絡み合い、着手すべきポイントが明確にならないことも原因の一つでしょう。そこで本シリーズ記事では、中小企業診断士の山田健さんに業務改善のポイントをさまざまな観点から解説していただきます。今回は業務の「標準化」がテーマです。
業務の標準化が進まない「現場」と「経営」の事情
人材の流動化や若手人材への事業承継、現場の働き方改革など、目まぐるしく変化する現代の働き方。中小企業の多くが直面するそれらの課題への対応策として業務の「標準化」は大きな意味を持っているといえます。標準化とは簡単にいえば「ある作業を誰でも同じスピード・品質でできるような体制を整える」こと。
こうした取り組みが進んでいくと、業務のムラやムダが見直し・解消され、生産性の向上が見込めます。また、作業の非属人化が進むことでローテーションによる勤務が可能になり、スタッフの負荷を軽減することができるでしょう。マニュアルがあれば一人ひとりの対応できる作業範囲が広がり、急な欠員やトラブルが起きた際のリスクヘッジも可能になります。
身近な例として飲食店を取り上げましたが、こうした標準化のメリットは多くの中小企業にも当てはまります。一方で、日本国内で業務の標準化が進んでいる企業は決して多いとはいえません。そこには現場での独自ルールの固定化や取引先を含めた関係者との調整の難しさが挙げられます。
●取引先によって現場の作業ルールがバラバラになっている
業界としての大きなルールや商習慣は存在しますが、現場レベルでは取引先ごとに細かなルールや独自の作業プロセスが定められている場合がよくあります。
特に物流の現場では、荷主によって運賃形態や業務手順、リードタイムも異なり、現場のスタッフの経験やノウハウによって事業が支えられている現状があります。きめ細やかな対応やコスト管理が求められる現場としては、「今あるルールを遵守して、現状の中でベストパフォーマンスを行うこと」が重要視されることはやむをえないともいえるでしょう。
また、こうした企業文化が根強い場合、若手人材にわかりやすく作業を指導できる中堅人材が少なく、個々人のパーソナリティに寄った指導が行われることで、結果として属人的な職場環境がそのまま引き継がれてしまうといった悪循環もあります。
●経営側が取引先と現場を説得できる材料を持っていない
現場での属人化に危機感を覚えている経営陣は少なくありません。ただ、標準化を進めるためには、取引先と現場、双方への説得が必要になります。取引先へは「従来のルールを取りやめて各社共通の仕組みや対応を導入すること」に理解を求める必要があり、現場には「作業内容の大幅な変更と労働環境の整備」による変化を受け入れてもらわなければならないからです。
一般的に、こうした改革を進める際には大小問わず反発が予想されます。その調整を進める中で、標準化がなかなか進まないというケースも少なくないのです。
必要性は理解してもなかなか進まない業務の標準化。この状況を打開するために、まずは何から取り組むべきなのでしょうか。現場と経営、それぞれの視点から考えていきましょう。
システムに合わせた標準化が業務効率化の近道
従来の慣習や複雑にカスタマイズされた現状を乗り越えて、業務の標準化を進めていくために必要なのは、業務の「あるべき姿を問い直すこと」です。そのためにはまず、今行っている業務を「見える化」してムリ・ムダ・ムラが発生している作業やルールを洗い出さなければなりません。このようにお話しすると、読者の方によっては簡単なことに感じると思います。しかし会社レベルで考えると、容易い問題ではありません。業界や企業における慣習があるからです。標準化というと、マニュアルをつくることが重要と思われがちですが、業務が整理されていない状態でルールをつくっても、複雑で使いづらいマニュアルができあがるだけで意味がありません。自社の業務のあるべき姿、本当に必要な作業を見極めたうえでマニュアル化を進めるべきです。そしてその基準となるのは、作業者に「探させない」「考えさせない」「書かせない」ことです。この3点を意識するだけで、業務の質やスピードは大きく変わります。
ただし、こうした作業には多くの時間や苦労を要します。通常の業務をこなしながら、業務の再構築・マニュアル化を進めるのは難しい場合もあるでしょう。
もっと簡単な方法としては、管理システムなどを導入して、その仕組みに業務のフォーマットを合わせてしまうことです。当然ですがシステムにはマニュアルがあり、それは開発の段階で最適化がなされたものです。それに合わせて業務の方を変えていけば、最小限の手間で自然と業務自体も最適化・標準化されていくのです。
現場の状況に合わせてシステムを構築しようとすると、マニュアルと同じく煩雑で実際には使えないものができあがるケースが多く見られるので注意しましょう。
こうしたシステム導入の取り組みはまさにDX化の基本です。業務に合わせたDX化ではなくあるべき姿を見据えて、その基盤としてDXを推進する。現場業務の標準化はまさにDX化の出発点なのです。
物流DXの重要性や具体的な内容については、こちらの記事でも解説しています。
経営者は数字で根拠を示し、標準化への道を切り開く
経営目線では、「数字で標準化のメリットを示す」ことが重要になります。漠然とした根拠ではなく、現在現場で発生している業務やコスト、またトラブル・クレームの件数などを総合的に判断し、「標準化された新しい業務ルールによって、これだけの生産性アップが見込め、品質も向上します」と強い説得力を持って説明しなければなりません。
これは現場に対しても同じことがいえます。意外な話として、現場の業務標準化のハードルとなっているのは、現場担当者との意見のすれ違いという場合も多くあります。
業務の標準化は会社としてはメリットがあっても、いちスタッフとして時間外労働分の賃金の削減や自身がこれまで培ってきたスキルの軽視につながると考える人もおり、理解が得られない場合もあるのです。そうしたスタッフにも「業務時間がこれだけ改善され、生産性が上がることにより利益も増え、賃金もこれだけ上がる可能性がある」といった具体的なメリットを示さなければ理解・共感は得られません。
経営者に求められるのは、さまざまな交渉や調整を行い、業務の標準化がスムーズに進む環境を整えておくことだといえるでしょう。
そのためにも、普段から自社の状態を数字やデータで見るという企業風土が必要です。事業におけるデータ活用の重要性については、こちらの記事でも紹介しています。
業務標準化の成功事例から考える会社の信頼と活力を取り戻す原動力とは
実際に業務の標準化が成功した事例を見てみましょう。特に物流の業界で標準化が効果を発揮するのは、倉庫作業の現場です。ある企業の倉庫では、作業手順がまったく定められておらず、各スタッフがそれぞれの判断で荷物を管理していました。荷物を置く場所も属人化しており、出荷の際に毎回探しにいかなければならない状態です。
相談を受けた私は、経営者の方にWMS(倉庫管理システム)の導入を提案しました。その方はWMSの存在を知らなかったようで、すぐに導入の準備をはじめました。WMSにはロケーション管理や検品の機能がついている場合が多いです。こうした機能を業務の工程にマニュアルとして取り込んでいくことで、同社の倉庫作業は一気に標準化が進みました。
その結果、それまで課題となっていたリードタイムや誤納品といった運送品質の課題が解決され、取引先からの信頼を取り戻すことができました。そしてシステムの導入を契機に、取引の条件や社内の生産性など、さまざまな面で業務改善が実現できたのです。
業務の標準化はたしかに現場の問題ではありますが、細かな問題が積み重なることで経営を左右する大きな問題にも発展します。上記の事例はそれを示唆するものといえるでしょう。
冒頭でも取り上げたように、業務の標準化による脱属人化や生産性向上の効果は、中小企業が抱える多くの課題を解決する可能性があります。また、業務が標準化することで若手人材を含む多くのスタッフが活躍できる機会が増え、会社全体の活力を取り戻す原動力にもなりえます。
そうしたメリットをしっかりと認識し、現場・経営が歩みを合わせて改善活動を行っていくことが、今後の安定した事業継続には必要不可欠なのです。