次世代医療の進展には、医薬品輸送の一般化が不可欠 シスメックスが挑む品質管理を極めるロジスティクス改革

次世代医療の進展には、医薬品輸送の一般化が不可欠 シスメックスが挑む品質管理を極めるロジスティクス改革

2021.10.26

※掲載記事の内容は取材当時のものです。

近年、患者さん一人ひとりに最適な医療を提供する個別化医療が進展する中、医薬品輸送の面から医療に革命を起こそうとしている企業があります。「ヘルスケアの進化をデザインする。」をミッションに掲げ、新たな検査方法や診断技術を生み出すことで、医療の発展と人々の健やかな暮らしの実現を目指しているシスメックスです。特に、ヘマトロジー(血球計数検査)分野ではグローバルのトップシェアを誇っています。シスメックスでは、どのように医療業界の課題解決に取り組んでいるのでしょうか。シスメックス SCM本部 SCM戦略部長 大山康浩氏にお話を伺いました。

シスメックス SCM本部 SCM戦略部長 大山康浩氏

遺伝子検査用試薬の新たな輸送スキームを開発

——シスメックスでは-70℃以下で医薬品輸送の指針である「GDPガイドライン」に準拠した遺伝子検査用試薬の超低温輸送のスキームを開発しました。まず、こちらの概要をお聞かせください。

シスメックスでは検体検査の分野でお客さまのニーズや地域の特性に応じたソリューションを提供してきました。今後は個別化医療の進展がさらに進むことを見越して、特殊医薬品など※のニーズがますます高まると考えています。
しかし、現状の特殊医薬品輸送は品質管理、コスト、手間の部分で課題が多く、より安全で確実な輸送を実現しながら今後のニーズ拡大に応えるためには、これまでのコールドチェーン輸送をさらに進化させた新たなロジスティクス技術が必要だと考えました。
そこで、当社では低温〜超低温帯の遺伝子検査用試薬の輸送を実現するための実証実験を実施。混載輸送にて−70℃以下での超低温帯における輸送を可能にしました。2021年2月からは実運用をスタートさせています。

※特殊医薬品:再生医療等医薬品、バイオ医薬品、高価な稀少医薬品などを含む特殊な管理と取り扱いを必要とする医薬品

負担の少ない遺伝子検査の広まりが個別化医療の進展につながる

——シスメックスが遺伝子検査用試薬の新しい輸送スキームの開発に至った背景にある「個別化医療の進展」とは、どういうものでしょうか?

遺伝子情報が解読されて以降、人類は疾患について新たなアプローチ手法を得ました。これまでは不可能だった治療が可能になり、患者さんの遺伝子情報を詳しく調べて、一人ひとりの体質や疾患にあった最適な治療を提供できるようになったんです。
今後はこうした個別化治療がさらに広まっていくと予測されていて、より精度の高い疾患の予知や、丁寧な予後のケアにもつなげることができるでしょう。
患者さんのQOLを高めるという意味では、世界的に長寿化に伴う、さまざまな疾病に対する研究開発が進んでいます。例えばガンは複雑な疾患ですが、早期発見することができれば治療できる可能性が高まります。そのため、検査や診断の技術開発が進んでいる分野の一つです。

シスメックス SCM本部 SCM戦略部長 大山康浩氏

——医療の進化がものすごいスピードで進んでいるのですね。こうした中、シスメックスではどのような分野に力を入れているのでしょうか?

個別化医療の社会実装を実現するためには、患者さんにとって負担の少ない遺伝子検査の浸透が重要です。
検査は、病気の診断や、治療方針を決めるために必要不可欠な「医療の玄関口」です。病院を受診するとまずは検査をしますよね。患者さんにとっては、しっかりと検査をしてもらうことで治療に対する安心感や信頼が得られます。
精度の高い検査をシステマチックかつ科学的に実施していくことは患者さんのQOL向上につながっていきますし、我々医療機器メーカーの役目であると考えています。
細胞、タンパク、遺伝子を高感度に測定できる「リキッドバイオプシー(血液分析)」もその一つです。
例えば、がん由来の遺伝子は血液中に流れているのですが、ごく微量のため、これまでは測定できませんでした。そのため、遺伝子検査をする際は患部の組織の一部をメスで切り取って顕微鏡で検査するといった痛みをともなう方法が用いられてきました。リキッドバイオプシーを用いると、血液から遺伝子変異を高感度に読み取ることでき、従来の検査方法に比べると患者さんの身体的・精神的・経済的負担の軽減につながります

次世代医療の進展に向けて解決すべき特殊医薬品輸送の課題

——個別化医療の広まりとともに遺伝子検査のニーズが今後高まっていくのですね。将来的に検査試薬の輸送数が増えていくと物流面でハードルも高くなる、と。

医薬品や遺伝子検査用試薬などは厳密な温度管理、品質管理が不可欠でコールドチェーンでの輸送が求められます。細胞や遺伝子の原料を扱うようになったここ10〜15年ほどは、常温から極温度帯までさまざまな温度帯で管理する製品が増えましたし、注射1本1億円というような、稀少で高価格のスペシャリティ医薬品も登場しており、輸送の難易度は一層高まってきました。
こうした医薬品や検査試薬を工場出荷時と同じ品質で、患者さんの治療スケジュールにあわせて迅速に届けるために、これまではチャーター便での配送が主流でした。しかし、医薬品が入った1つのケースを運ぶためにチャーター便を手配するのはコストも手間もかかるため、治療を受けられる病院が限定されたり、治療費が高額になったりするといった課題もありました。
また、製造工場や倉庫、病院ではしっかりと温度管理されているのですが、その間の輸送段階では見えない部分が多くなってしまうという実態もありました。病院や患者さんのもとに届くまでに、誰を介在したのか、どこにどう保管されていか、何で運ばれたか、完全に掌握できない部分があったんです。

――輸送の難易度が高い分、課題も多いのですね。

そうなんです。輸送はアウトソースすることが当社を含めた業界の常識でしたが、やはり患者さんのもとに届くまで品質を完全に保証することがメーカーとしての責任。自社で輸送をコントロールできる仕組みが必要だと感じていました。
また、今後、医療の進展に伴って厳格な品質管理が必要な医薬品や試薬はさらに増えていくので、医薬品輸送のハードルを下げて、一般化していかなければなりません。そのためには、厳密に品質管理をしながらも、手間やコストを今までよりも削減できる効率のよいバリューチェーンが必要となります。

シスメックス SCM本部 SCM戦略部長 大山康浩氏

自社で出荷から患者さんのもとまで一元管理できる、輸送スキームを実現

――こうした輸送時の課題を解決するのが、冒頭で紹介していただいたシスメックスが開発した新しい輸送スキームなのですね。

そうです。当社では従来のコールドチェーンを進化させ、エンドツーエンドで患者さんのもとまで厳密に品質管理を行い、すべてを可視化できる新しいロジスティクス技術の開発に取り組みました。
製品そのものの品質保証だけでなく、ロジスティクスも含めた品質保証を担保することで、当社の顧客に安心をお届けすることができ、信頼獲得につながると考えたのです。また、自社でロジスティクスをカバーすることで、コストマネジメントも患者さんの経済的負担の低減に貢献することができます。
医薬品輸送の新しいロジスティクスを構築する。これは当社の経営課題の一つと認識していたため、「絶対に実現する」という強い気持ちで検討を進めていきました。
2020年11年から取り組んだのが、患者さんの血液から遺伝子の変異を調べる遺伝子検査用試薬の超低温輸送の実証実験です。

専用輸送箱を活用して-70℃以下を保ちながら、チャーター便ではなく他の荷物と一緒に混載輸送をすることを前提にしたロジスティクスの仕組みを構築しました。リアルタイムで位置情報や製品の温度や品質をトラッキングし、厚生労働省が定める医薬品輸送の指針である「GDPガイドライン」にも準拠しています。

また、輸送時に万が一トラブルが起きた場合はセンサーが検知し、最適なリカバリー対応をドライバーの方に知らせる仕組みも構築しました。

――実証実験では、どのような効果が得られましたか?

従来のチャーター便での輸送に対して、1/2〜1/3程度に輸送コストを削減することができました。今後、研究開発を続けて、さらなる効率化、低コスト化を目指していきたいと思います。
現場では輸送資材の管理をする必要がなくなり、手間が削減できました。また、これまでの医薬品輸送のコールドチェーンだと、ロジスティクス側からお客さまに対して、受け取り方法の指定や、お届け時に製品の状態確認などをお願いすることもあったと思います。今回の輸送方法ではそうしたお客さまの負担も軽減できると考えています。
さらに、輸送時のドライアイスの削減が可能になり、製品の取り出しやすさも向上しました。医療従事者の方は日々忙しいので、こういった利便性が高まることは喜ばれます。また、CO₂の排出を減らし、環境負荷の低減にもつながります。
個別の資材やソリューションを提供する企業はこれまでもありましたが、「GDPガイドライン」に準拠した医薬品輸送に関わるすべてのサービスを統括して提供するプレーヤーはこれまでいませんでした。その点で、我々はブレイクスルーできたと思います。

高度な次世代医療をロジスティクス技術でより身近に

――今後はこの物流スキームを業界全体で展開していくのでしょうか?

そうですね。医薬品や検査試薬は原材料の確保から製造の状態、ロジスティクスの信憑性まですべてを管理して、信頼性のある製品として患者さんのもとに提供されなければなりません。
そのためにも、将来的に原料調達からラストワンマイルまでのデリバリーを含めた、全サプライチェーンを管理する仕組みを構築し、今回の物流スキームを多くの方が利用しやすいサービスとして改善していきたいと考えています。

シスメックス SCM本部 SCM戦略部長 大山康浩氏

――今後、医薬品や検査試薬の輸送はどのようなニーズが出てくると思いますか? またそれに対して、シスメックスではどのように対応していくお考えでしょうか?

再生医療が進展してくると、中には-150℃での管理が必要な製品もあるため、現状よりもさらに低い極温度帯領域の次世代輸送スキームの構築も必要となります。この辺りについても、さらなる研究開発を行っていきます。
また、新型コロナウイルス感染症の流行で病院に行かない方が増えたと言われています。いわゆる「病院控え」です。実際、検査の需要は一時的に減りました。こうした中で、医薬品輸送においても、今後は「病院に製品を運ぶ」という概念を変えていく必要があるかもしれません。
医薬品メーカーと患者さんがダイレクトにつながり、患者さんの家に直接製品を届ける仕組みができれば、より医療へのアクセスがしやすい環境をつくることができます。将来的には、こうした新しいロジスティクスの確立も検討していきたいですね。
医療を止めないために、製品を安定供給していくことが我々メーカーの役目です。医療においては未知の領域がたくさんあるので、新しい検査・診断技術や医療機器、ロジスティクス技術の開発を通して、今後もヘルスケアの進化をデザインしていきたいと考えています。

シスメックス SCM本部 SCM戦略部長 大山康浩氏





発見POINT

  • 高度なロジスティクス技術は、医療現場にも活用されている

    遺伝子情報を調べて患者さん一人ひとりに最適な医療を提供する個別化医療が広まると、遺伝子検査が今まで以上に一般化される見込み。より手軽に検査できる技術や多様なニーズに応える新しいロジスティクス技術の確立が求められています。

  • コストと手間を削減した新たなコールドチェーン(低温物流体系)技術が登場

    従来は厳格な管理のもと、チャーター便での輸送がメインだった特殊医薬品。シスメックスが開発した新たなコールドチェーンではコストと手間を大幅に削減。特殊医薬品輸送やコールドチェーンの活用を検討している企業にとっては、スキーム見直しのチャンスといえます。

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