1893年、福岡県糟屋郡久原村(現・久山町)で醤油醸造業として創業した総合食品メーカー。「茅乃舎」「椒房庵」「くばら」「北海道アイ」などのブランドで、醤油をはじめとした調味料やだし、明太子、鍋つゆなど、さまざまな食品を製造。店舗・ECによる直販と全国の百貨店や量販店での流通に加え、飲食事業なども展開。
久原本家グループ 専務取締役 坂井 俊之 さん
本物の美味しさを追求する久原本家グループは、お客さまや社会とのつながりを何よりも重視しています。その想いを、商品やサービスに落とし込むためにどのような工夫をされているのでしょうか。さらに、そうしたサービスを実践するマインドを従業員に浸透させる考え方についても迫ります。
お客さま対応を全社共有することで従業員の自発的な行動を促し、最良のサービスを提供
「本物の美味しさ」にこだわったモノづくりを通して、お客さまに感動していただく。そうした信念を軸にさまざまな食品を製造・販売している久原本家グループ。商品だけでなく、それを届ける物流のあり方にも気を配っています。
参考:EC展開する食品事業者の使命。老舗食品メーカーに学ぶ「見えないお客さまの満足を高める」ための物流へのこだわりとは
「従業員には、徹底的にお客さまに喜んでいただくことを考えるように言っています」
そう語るのは、久原本家グループ専務取締役の坂井さんです。
「売上を第一に考えるのではなく、あくまでお客さまに寄り添うために何ができるかを第一に考えます。例えば、レストランだったら『あなたに会いたいから食べに来た』と言っていただけたら、最終的にそれは売上となり当社の目指す「永続」につながります」(坂井さん)
売上を伸ばそうと考える暇があったら、いかにお客さまに喜んでいただくかを考えるようにしているという坂井さんは、「すべての人を久原のファンにしたいと思っています」といいます。
総本店では、お客さまをお出迎え・お見送りをする役割の従業員が駐車場に常駐しているのだそうです。また、レストラン「御料理 茅乃舎」 では、ご予約いただいたお客さまそれぞれのお名前をランチョンマットに花の絵文字で描いてお出迎えします。もともとは従業員の自発的な取り組みでしたが、今では全社で横展開し、さらなる従業員の自発的な行動を促しているそうです。
久原本家グループは、経営などを担う「久原本家グループ本社」や製造を担う「久原本家食品」、店舗販売・EC・飲食事業を担う「久原本家」など、7つの会社で構成されています。それぞれの会社や部門で得たお客さま対応の知見を全社的に共有することで、店舗の従業員がお客さまから直にいただいた言葉を商品開発やECで活かす、という動きが自然にできる環境を整えています。
「ECの場合、お客さまへのお手紙を商品と一緒に同封するといった取り組みがあります。この取り組みも、さまざまな部門で得た知見をもとに、全社でフォーマットやノウハウを共有して各現場で取り入れています。また、弊社には「えんむすび」という自己裁量制度の取り組みがあります」
「えんむすび」とは、イレギュラーなお客さま対応を従業員一人ひとりの判断で行なって良しとする制度です。例えば、ある商品を特定の日までに必要とするお客さまがいて、EC経由で通常の物流にのせても期日までには届かないという場合。そうしたご相談を受けた従業員の裁量で、自ら商品を手にお客さまのご自宅まで届けるといった判断をしても良い、ということになっています。多少の交通費がかかったとしても、それは事後報告。上司に許可を得るよりも、お客さまに寄り添いたいという気持ちを優先するように促しているといいます。ただ、あくまで従業員一人ひとりの裁量に委ねられているので、どこまで対応すべきかという判断が難しいものです。
こうした自己裁量の対応も取りまとめて、全社に横展開することで、そこから「こういうこともやったほうがいいかも」というアイディアに発展し、配送など自社の領域を超えた部分についても、お客さまにとって最良のサービスを提供できる会社になっているのです。
社会とのつながりが、お客さまの信頼を強化する
お客さまとのつながりを大切にしている久原本家グループは、社会とのつながりにも積極的です。一例として、北海道産の食材を使ったおいしい食品や食文化を全国に伝えるための「北海道においしさ返し」プロモーションがあります。具体的には、北海道の食材を使用した商品開発や製造・販売に加え、北海道の雇用促進にも力を入れています。それに伴い、2019年8月に「株式会社北海道アイ」を設立、2022年6月には北海道恵庭市 に新たな拠点となる工場を竣工しました。
「約30年前、当社としては初の自社ブランド『椒房庵』を立ち上げた際、北海道産のスケトウダラのたらこを仕入れたことが北海道とのご縁のはじまりです。この北海道産のたらこを使ったからし明太子は、新鮮さや卵本来のうまみ、おいしさが好評で、今では博多の3大ブランドといわれるまでに成長しました。こうしたご評価は北海道とのご縁があってこそのもの。いつか恩返しがしたい、これからも強いつながりを持っていたいという思いで事業を展開してきました」
そしてもうひとつの代表的な取り組みは、「くばらだんだんアート」というプロジェクトです。
「くばらだんだんアートは、障がいをお持ちの方に食にまつわるテーマで絵画を募集し、全作品を福岡県立美術館やWebサイトで展示するプロジェクトです。少しでも、障がいを持つ方の社会参加のきっかけになればという思いからはじめました」
さらに、優秀作品は福岡市内を走るトラックや西鉄バスのラッピングデザイン、弊社のECで使用する段ボールのデザインにも採用。久原本家の取り組みがECを通して、さりげなく全国に広がっています。
ちなみに、久原本家グループのECで使われている、だんだんアートの絵がプリントされた段ボールは、2022年4月から環境に配慮した資材に切り替えられています。ECで届く商品が開封される瞬間もお客さまとの重要な接点と考え、環境面でもお客さまからの信頼をいただくための取り組みなのだそうです。
「社会貢献活動は自慢げに語ることではないと思っています。ただ、『私たちはこう考えている』と伝えることで、それに感化されてさまざまな企業に社会貢献の輪が広まればうれしいですね」
事業の継続は、会社の外側、つまりお客さまや社会とのつながりがあってこそのもの。社会貢献活動によって得られた社会やお客さまとのつながりは、巡り巡って会社に返ってくることでしょう。
従業員とのつながりを重視することで、事業運営に対する各々の自発的な行動を促す
企業が大切にしていることやマインドは、従業員にきちんと浸透していなければ実践されるのは難しいもの。久原本家グループではどのように従業員への理念の浸透を図っているのでしょうか。
「弊社にとって、従業員は仕事をしてもらうための人、従業員にとって会社は給料をもらうための場所、という考え方ではありません。入社式で、河邉社長は入社したばかりの従業員に対して『我が家へようこそ』といって迎えます。従業員は家族だという考えなのです。会社と従業員や従業員同士のつながりはかなり強いと感じています」
そうした、従業員は家族という考えが最も表れているのが、誕生日に河邉社長から送られる花束とメッセージカードです。定型文ではなく、従業員一人ひとりへのメッセージが直筆で書かれています。
「実は先日、私も誕生日で、メッセージ付きのバラの花束をもらいました。中小企業とはいえ、弊社もそれなりの規模に成長したので、かなり大変だと思います。河邉社長は従業員の顔と名前、経歴などほとんど覚えているそうです。社内ですれ違う従業員に、声をかけている姿を頻繁に目にします。そういう社長のあり方というのはとても大きいと思いますね」
会社のトップが信頼できる人であるからこそ、従業員はついていこうと思うことができ、トップの考え方を規範に一人ひとりが自己裁量で判断ができる。これこそが、会社の理念を浸透させるうえで、もっとも基本的かつ的確な方法なのではないでしょうか。
また、お客さま対応の横展開に加え、お客さまからの感動の声やSNSでのコメントを社内のポータルサイトに掲載し、従業員のモチベーションを向上させることで、久原本家グループの根底にある「お客さまに感動していただく」という考えと行動を従業員に促しています。
「ポータルサイトに掲載するだけでなく、あえて紙の社内報にもまとめて配布しています。これは従業員の家族にも、『世の中のためになる会社で働いている』と知ってもらうため。久原本家グループで働いていることを誇りに思ってもらいたいんです」
久原本家グループがお客さまや社会との間に築いた強いつながりの下地には、会社と従業員のつながりがありました。事業の継続と成長のために、会社の内側・外側のどちらにも目を向けていくことの重要性がわかるでしょう。