海外売り上げ比率6割超。細やかな「顧客対応」で実現した畳の海外輸出

海外売り上げ比率6割超。細やかな「顧客対応」で実現した畳の海外輸出

2022.02.22

森田畳店
1933年に創業した東京都荒川区の畳店。親子3代にわたり畳の販売・工事を手掛け、現在は二代目の森田精一さん、三代目の隆志さん、畳職人の藤田貞夫さんの3名がその伝統を守っている。熊本産の天然い草にこだわった畳にはファンも多く、自社ホームページには国内外から多くの問い合わせが寄せられる。


 

2021年に公開された英国の人気スパイ映画で、重要な舞台装置として使用された日本の畳。製造・輸出を担当したのは、いわゆる“町の畳屋さん”である東京・荒川区の森田畳店です。畳といえば日本国内のものというイメージを覆し、森田畳店の海外売り上げ比率は、現在なんと6割以上。住宅や映画のセット、ファッションイベントなど、さまざまな顧客に日本の畳を提供しています。下町の小さな畳店は、どのようして世界中へ畳を届けているのでしょうか。世界の“TATAMI”ファンを納得させる森田畳店の取り組みを見ていきます。

試行錯誤と情報発信の地道なサイクルで海外輸出をスタート


森田畳店が畳の海外輸出をスタートさせたきっかけは、1995年のホームページ(以下、HP)の開設にありました。3代目・森田隆志さんの友人が好意で手づくりしたHPは、日本語ページのみ。輸出のことは念頭にありませんでした。

その3年後、HPに初めて海外から問い合わせが入ります。オランダ在住の日本人の方からの畳の購入の相談でした。海外へ畳を送る。思ってもみなかった課題を前にした当時の状況を、森田隆志さんは次のように語ります。

「このときは、輸出のことはもちろん、誰に相談すればよいのかも分かりませんでした。結局、地元の運送業者に畳の輸出について調べてもらうと、梱包も含め輸送にかなりの費用がかかることが分かりました。高額の見積もりになってしまった結果、このお客さまとは成約に至りませんでした」


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この問い合わせをきっかけに、輸出するための梱包や植物検疫、必要な手続きなどについて、森田さんは調べはじめます。海外配送の準備を進める中で、備忘録も兼ねて調べた情報をHPに載せるようにしていきました。すると、しばらくしてオーストリアに住んでいる日本人の方から連絡が入りました。

今度は輸出を取り扱う専門業者、フォワーダー(貨物利用運送事業者)を探し出して、梱包・輸送を依頼。コストを抑えつつ、うまく商談をまとめることができました。2000年4月、森田畳店の畳が初めて海を渡って行ったのです。
    
その後ホームページにさらに数件の問い合わせが寄せられます。2001年には日英間の文化交流を深める国際交流を迎え、イギリス向けの仕事が複数舞い込んできました。森田さん自身も訪英し、バーミンガムで畳づくりの実演を披露し、さらに、イギリスとフランスで、実際に畳を販売している店を見て回ったりもしました。森田さんは「この訪欧を通して、海外にも畳の需要があることを肌で感じた」と語ります。

帰国後、畳の輸出に力を入れることを決意した森田さんは、依頼に対応していく中で、海外輸出に合わせた畳の素材や梱包、発送方法を改善していきます。さらに、輸送に関する情報や各国の検疫状況などを英語やフランス語でHP内に掲載し、情報発信を進めました。

 
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試行錯誤を繰り返しながらの顧客対応と業務改善、そしてそこで得たノウハウやナレッジのHPでの発信。森田さんが地道に続けたこのサイクルが、顧客側の安心感にもつながり、徐々に海外のTATAMIファンの注目を集めていきました。HPに掲載された輸出実績は、欧米圏や中国・シンガポールの富裕層を中心に年々その数を増やし、輸出先の国々も広がりを見せていきました。


海外輸出で取り組んだ「製造」「発送」「貿易条件」の3つの課題

 

畳の海外輸出の難しさはどこにあるのでしょうか? 森田さんが直面した3つの課題とその乗り越え方について見ていきます。

●海外に送る畳は「少し小さく」つくる
畳の輸出は、国内向けの畳をそのまま梱包し、輸送しているわけではありません。
そもそも畳という商品はオーダーメイドが基本です。新畳の納入であれば、制作に着手する前に、まずは部屋の寸法を詳細に測るところから始め、畳の素材・色・デザインを選んでもらってから、畳作りに着手します。しかし、海外の顧客とはそうしたやりとりをすべてメールですりあわせていかなければなりません。

その中で特に問題なのが、実際に部屋の寸法を測れないことです。
「国内であれば、部屋の縦・横だけでなく対角線や隅の角度も測り、部屋の歪みも計算に入れて、作る畳のサイズを微妙に調整していきます。しかし採寸できない海外の場合、お客さまになるべく詳細にサイズを測ってもらった上で、畳が実際に入らなくなるのが一番困りますから、少しだけ小さめに仕上げるようにしているんです」

「少し小さく」といっても、その差は数ミリほどで通常は気がつかないほど。お客さんに確実に満足してもらうために、目には見えないところまで微調整を入れるというところが、職人の経験が為せる技なのでしょう。

試行錯誤を繰り返しながらの顧客対応と業務改善、そしてそこで得たノウハウやナレッジのHPでの発信。森田さんが地道に続けたこのサイクルが、顧客側の安心感にもつながり、徐々に海外のTATAMIファンの注目を集めていきました。HPに掲載された輸出実績は、欧米圏や中国・シンガポールの富裕層を中心に年々その数を増やし、輸出先の国々も広がりを見せていきました。

他にも、海外向けの畳には、こんな工夫も施されています。
「日本で納品するときは、畳屋さんが持って行って畳を敷きますから、顧客は表面だけしか見ません。ところが海外に送ると、顧客が梱包を解いて畳を取り出し、畳の裏側も側面もすべて触って畳を敷きます。ですから、海外向けの畳は、国内のものよりもコスト面では多少値上がりしますが、裏面も側面もきれいに見えるように仕上げるようにしています。日本の畳を心待ちにしているお客さんに喜んでほしいんです

さらに、畳の縁(へり)の側面も、手が触れる可能性があるので、海外に送る畳ではホチキスを使わないようにするなど、海外輸出に向けてさまざまなカスタマイズがなされている森田畳店の畳。こうしたこだわりが、海外ファンに愛される理由のひとつといえます。
 

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●梱包に使うのは、丈夫で検疫にもかからないダブルフルートの段ボール
海外では、国内では通常想像できないような乱雑な貨物の扱いを受ける可能性があります。また、畳は都市部の店舗やマンションなどで使用されることも多く、エレベーターに乗るようなコンパクトさが求められます。

輸出を始めた当初は梱包にベニヤ板を使っていましたが、作業音の問題から深夜に加工作業ができないなど、手間が掛かるだけでなく、植物検疫の観点から木材梱包材についても燻蒸(くんじょう)処理が必要な国・地域が多くありました。そのため、輸出用の段ボールを使った梱包に変更し、自社でいつでも梱包が行えるようにしました。

使用しているのは、硬い段ボール原紙を使った複層構造(ダブルフルート)のもの。現地での配送時に持ち運びやすく、熱帯地域へ送った時にもカビが発生しないことも採用理由のひとつでした。商品の安全性を確保した上で、梱包の作業効率向上やコスト削減が図られています。

 
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海外への輸送も、発送先・発送量に合わせて最適な輸送方法を選び顧客に提案できるよう、ノウハウを蓄積しています。

中でも、船便・航空便の運賃は大きく変動するので、その動向は常にチェックしておく必要があります。例えば、現在のように燃料費が高騰している場合、「畳4枚までなら、航空便と船便の運賃はほとんど差がない」と、森田さんは説明します。また、船便でも、10㎥くらいまでの荷物は他の荷主の荷物との混載になる「LCL便」で送りますが、それ以上の枚数になると、梱包も含めて物量業者に依頼するケースもあれば、コンテナ1個を貸し切りにする「FCL便」を利用するケースもあります。

「輸送の品質とコストは、お客さんへの見積もりや届いた際の満足度に直接つながる重要な要素なので、常に良い方法がないか調べています」と森田さん。送り先の国の状況や、顧客の事情に応じて、臨機応変に使い分け、最善の方法を模索することが必要といえます。

●国によって異なる貿易条件に合わせて素材を変更
そして、輸出にまつわる必須の業務として、通関・関税・検疫などの各種手続きがあります。特に畳の輸出の場合、天然い草や稲わらなど使っている素材と輸出先によっては植物検疫所の検査が必要になり、より複雑です。

植物検疫について条件の厳しい国・地域からの注文は、その条件をクリアするように配慮しなければなりませんし、場合によっては、和紙やビニールなど素材の異なる畳を顧客に薦めることもあります。
こうしたノウハウは、HP内に設けられた「輸出専門サイト」で、国・地域別、原材料別に掲載されています。

また、最近は二国間・多国間のFTA(自由貿易協定:関税の撤廃や削減を進め、貿易の促進を目指す国際協定)やEPA(経済連携協定:FTAの内容に加え、規制の緩和や知的財産保護、投資・ビジネス環境の整備なども含めた包括的な条約)の締結が進み貿易ルールが変更されていて、その対応も必要です。輸出手続きのための書類を作成するために、い草の栽培農家の判子が必要になったり、商工会議所に出向かなければならなかったりというケースもあります。

 
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海外からの無理な注文にも知恵と工夫で期待に応える

 

製造、梱包・輸送、貿易条件関連業務における森田畳店の対応は、畳を世界に向けて販売していく上で必然的に直面する困難さを乗り越えていくものだったといえます。それは、町の小さな畳屋さんが輸出を手掛けるという、あまり前例のないルートを開拓していく「挑戦」でした。そして森田さんは、その挑戦の中から学び、顧客対応や輸出業務をより高いレベルへと進化させています。森田畳店の最新の取り組みについて、さらに見ていきましょう。

森田畳店のHPの店名ロゴの下に「tataminnovation」という、森田さんの造語が大きく掲げられています。その意味するところは「お客様の立場に100%立ち、お客さまの目線、気持ち、予算等を徹底的に考慮した商売をしていくことを約束するものです」と、HPに森田さんは書き込んでいます。この「tataminnovation」こそが森田畳店のポリシーであり、その姿勢に、国内顧客と海外顧客の差はありません。

ただ、「日本では畳は床に敷くものというのが一般的だが、外国の人の中にはいろいろなことを考える人がいる」と森田さんが話すように、海外からは『天井に畳を貼りたい』『畳自体に床板としての強度を持たせてほしい』『丸い畳の部屋を作りたい』など、さまざまな注文が入ります。
「特殊な注文には、一件一件、お客さまからの条件をクリアするための作り方を考え出してやっています。自分自身、考えたり、工夫したりすることが好きなんでしょうね。楽しくやってますし、おかげで、いろいろな加工をやらせてもらいました」

 
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こうした海外からの“無理な注文”に対応し、納品した際、顧客に「思っていたものと違う」と感じさせないようにするには、畳の制作に入る前の顧客とのコミュニケーションがとても重要になります。

森田さんはまず、見積もり依頼のあった海外の顧客全員に、実物見本を使ったカタログを送付するようにしました。実際に畳を触ることができない人にも、畳の質感を確かめてもらうためです。費用はかかりますが、「広告費代わりだと思っています」と森田さん。

 
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見積書は、金額に納得してもらえるまで何度もやりとりを交わします。不慣な英語も、ウェブの無料翻訳サービスを駆使して丁寧に対応してきました。見積書に添付する解説は、時には森田さんが描いたイラストを交え、「このような仕上がりになります、このように設置してください」と、懇切丁寧に説明する内容になっています。

 
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輸出する際の梱包の内装にも、「お客さまの目線、気持ちを考慮」して“ひと手間”を加えています。
「船便での万が一の油の染み込みを防ぐために、ビニールシートが貼ってあるクラフト紙を使うことにしました。もちろん、段ボール箱に入れる際には、十分な保護材も詰めます。箱を開けたときに、畳がちゃんと紙に包まれて、クッションになる保護材も詰められていれば、お客さまも安心するんじゃないかと思います。その方が見栄えもいいですし、きちんと梱包することで商品の価値も1ポイントぐらい上がるんじゃないですか(笑)

このような海外顧客に対応した「tataminnovation」の実践を積み重ねた森田畳店は現在、「天然い草」の畳屋さんとして、世界各国のTATAMIファンから愛される店となっています。

海外の畳需要について、森田さんはこう話しています。
「最初は、海外に長く住む日本人が懐かしがって畳を欲しがるんじゃないかと思っていましたが、実際にこれだけ外国人の方にご注文いただくと、『ああ、外国にも畳の上にゴロッと寝転がりたい人がいるんだなあ』と思います。日本国内の畳需要が落ち込む中で、世界的に見れば、畳のことを知っている人はごくほんのわずかな数の人々だと思うのですが、その人たちの期待にきちんとした畳を作って応えていかないといけませんよね」

「外国にも畳の上に寝転がりたい人がいる」——、森田さんは、そうした場面を想像しながら海外からの注文に対応していたのでしょう。森田畳店が輸出していたのは、畳というモノではなく、畳がある空間だったのです。お客さまの気持ちを考慮した「tataminnovation」が、ここにありました。

発見POINT

  • 海外輸出時には各国の事情を調べ上げ、適切な製造・梱包・発送方法を提案する

    海外へ製品を輸出する際には、輸出先の貿易条件(関税・検疫)や配送環境を調査し、それに合わせて「製造」「梱包」「発送」のフローを調整していくことが必要不可欠です。公共機関に問い合わせるほか、専門の輸送業者からナレッジを収集するなどし、より低コストで安全な方法を探しましょう。また、こうした情報はHP内で公開・共有していくことで集客にもつながります。

  • 成約前のきめ細かなコミュニケーションが安全・安心な海外輸出につながる

    商品自体の品質に問題がなかったとしても、顧客が「思っていたもの」との間に落差があれば、それは顧客の期待を裏切ることになります。そうならないようにするには、成約前に、徹底的にコミュニケーションを取ることです。森田畳店では海外の顧客に対しても、製品サンプルを送付し、何度も見積もりを作成することで、製品だけでなく配送方法や検疫の有無など細かなところまで納得してもらったうえで、商品の発送を行なっています。それがトラブルの回避につながり、さらには商品の価値、ブランドの価値を守ることになるのです。

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