【プロフィール】 ※掲載記事の内容は取材当時のものです。
立川哲夫
DX戦略グループ執行役員。主に楽天市場、Amazonセラー、PayPayモールを同時に活用して、ブランドを維持しながら事業拡大を目指す企業に対して、モデル提言、戦略立案、実行計画策定を行っている。また、全国のブランドを持つメーカー・中小企業の新規販路戦略の提言・人材育成にも関わっている。
本多正史
フルフィルメントグループ執行役員。ECの成長をバックヤード改善で実現するための重要指標「フルフィルメント比率」「受注スルー率」「優良レビュー記入率」の活用を提唱している。EC企業のフルフィルメント設計・運営の責任者として、店舗を持つ企業の利益拡大を支援。EC物流の現場からロジスティクスシステム、財務まで幅広い知見を持つ。史上最年少でロジスティクス経営士を取得。最近はメーカーのD2C参入・成長に最適化した「シェアリング型×自動化」次世代型フルフィルメント開発に関わっている。
「家ナカ消費拡大」でEC市場が拡大するとともに、消費者のニーズは、購買体験を重視する“コト消費”へとシフト。多様化する要望に応えることが、EC事業者同士の競争を生き抜くカギとなりつつあります。
一方で、市場拡大は現場作業者の負担にも影響しており、調達から配送に至るプロセスの効率化が急務となっているのも事実。顧客満足度の向上と業務効率化は、どのように両立していくべきなのでしょうか。
EC業界でコンサルティング+実行支援+フルフィルメントなど総合的な支援を行う株式会社いつもの立川哲夫さん、本多正史さんにお話を聞いていきます。
高まる消費者の要望とともに物流プロセスの安定が必須条件に
――EC市場の拡大とともに生じている、新たな消費トレンドを教えてください。
立川さん:
コロナ禍によるライフスタイルの変化で、ECが生活に浸透し、以前にも増して消費者が気軽にネットで買い物をするようになったことは間違いありません。飛躍的な普及により、1万円を超えるような高単価商品、家具や家電といった大型商品なども抵抗感なく購入されるようになってきたと思います。食品なども伸びており、今後も大きく成長していくでしょう。
――ECの普及によって、消費者ニーズに変化はありましたか?
立川さん:
従来は、配送手段や決済手段のバリエーション、配送スピードや受け取り時間の正確性などが、EC事業者に求められていました。しかし近年、そうした動向には変化が生じているようです。当社が行った調査「生活者のネットショッピング1200名の実態調査」では、「ECサイトで、購入することを途中で止めてしまう時に気にすること」において、商品の詳細情報の不足やレビューの内容が、購入に影響していることが表れています。
このことは、「早くて、便利で、安心」といった配送プロセスの安定性が、消費者にとってもはや“当たり前”として受け取られていることを示しているのだと思います。在宅勤務率が高まり、指定時間にピンポイントで商品を受け取りやすくなったことなどが、背景にあるのではないでしょうか。
――競争が激化する中で、どのようなことが他社との差別化につながるのでしょうか?
立川さん:
商品の付加価値を高めることでしょう。「早くて、便利で、安心」の水準をクリアした事業者は、単純に商品を届けるだけでなく、リピーターやファンの獲得につながるサービスを重視し始めています。消費者一人ひとりに合わせた同梱物、ブランドの魅力が伝わるパッケージ、SNS映えするような梱包方法など、消費者が商品を手にした時に感動が生まれるような体験を提供することで、満足度を高めているのです。
ひと昔前のように、「発注してすぐに届いた!」と感動してSNSに投稿する人は少なくなっているわけですから、当然の流れだといえます。私たちも、購入体験の質を向上させるための相談を受けるケースが増えてきました。
良好な購買体験を届けるためには、業務プロセスの効率化が必要
――顧客満足度を高める上で、EC事業者が直面する課題について教えてください。
立川さん:
顧客満足度の向上に注力するということは、梱包の工夫のように、業務が複雑化・煩雑化することを意味します。加えて、市場拡大によって注文数は増える一方です。しかし人員や時間といったリソースには限りがあるわけですから、業務そのものを効率化する必要があります。
そもそも、物流業界では人材不足が深刻化しています。一人当たりの仕事量が多くなり、なかでも出荷作業などは、ものすごく大変な業務になっているんです。売上が上がれば、フロント業務を担うスタッフは喜ぶが、バックヤードの作業者の士気が下がる…。そうした現象が、現場の課題として顕在化しています。
――現場に課題が多い中で、現在は“当たり前”となった配送プロセスの品質を保たなければなりません。どの部分を効率化すればいいのでしょうか。
立川さん:
手法の一つに、フルフィルメントサービスがあります。受注、決済、在庫管理、出荷、配送といったプロセスを、一括で委託するサービスです。アウトソーシングによって業務負荷を軽減できるだけでなく、外部に倉庫機能を持つことになるので、在庫保管の限界といった課題も解消できます。また、近年は各プロセスをデータ化し、システムで一元管理することで、サプライチェーン全体を可視化できるサービスも多く、配送の円滑化や在庫のムダ削減も実現できます。APIによって他のサービスと連携させ、幅広い業務の管理を一本化できる機能も増えてきました。
――物流プロセスのデジタル化は、実際にどれほど進められているのでしょうか?
立川さん:
コロナ禍によってリアル店舗の販売に変化が出て、多くの小売事業者がオンラインシフトしています。すると、卸や小売の機能もデジタル化しなければならないわけですが、だからといって即座にシステムを構築できるわけではありません。ECのシステムを持っていない中小規模の事業者の場合、システム導入が経営課題となっていることが、現在のフェーズだといえます。
ECに早くから参入していた中小事業者の場合は、自社サイトと大手ECプラットフォームを組み合わせ、複数のチャネルで販売していくことが主流になりつつあり、規模拡大に伴う業務効率化を見直すフェーズを迎えています。物流プロセスを一括管理できるシステムの導入・改修に踏み切る事業者、一括でアウトソーシングする事業者も増えていくでしょう。
激戦のEC市場を生き抜くために必要な戦略
――業界を取り巻く環境の変化の中、今後も消費者の満足度を向上させていくためには、どのような戦略が必要になりますか?
本多さん:
消費者に良好な購買体験を提供するためには、ラストワンマイル配送と倉庫機能の強化が必要だと考えています。まずは、この二つの情報をタイムリーにデータで連携させ、荷主に正確な配送情報を提供していくことが重要です。
そして今後は、配送先の付近に在庫拠点を設けるモデルが、大手の小売事業者などを中心に普及していくかもしれません。中国ではアリババグループの小売業者・フーマーが、注文してから30分で商品が届くサービスを展開して話題を生んでいます。仕事が終わってオフィスを出る時に夕食を注文すれば、帰宅時には到着しているわけです。これは極端な例ですが、店舗が消費者の近くに寄っていくのは、小売業の必然的な流れで、ECの普及もその中にあります。現実的に考えても、「到着時間の指定を1時間単位でできる」「注文後6時間以内に届く」といったモデルは、定着する可能性が高いです。
――商品の付加価値を高める上でも、ラストワンマイル戦略は重要になるのでしょうか。
本多さん:
顧客体験価値を高めるという点で言うと、消費者が受け取りたいタイミング、受け取りたい場所で商品届けられるということに加え、商品に付加価値を付与できる物流機能を整備することでしょう。例えば最近、ペット用品に名入れをしたり、恋人同士が時計の文字盤の裏蓋に名前を掘ったり、キーホルダーに車のナンバーを入れたりと、オンリーワンの商材が流行しています。こうした加工は、倉庫に商品があるわけですから、倉庫で行えるのが理想的です。つまり、付加価値を高めるための業務も、物流プロセスの中に組み込まれていくようにしなければならないのです。
こういった業務を行えるようになるためには、まずは企業努力でそれを実現するための体制構築が必要です。これら全てをEC事業者が実現するためには、強固な物流プラットフォームの構築が必要ですが、そのための手段のひとつとして物流アウトソーシングを選択することも有効だと言えます。
EC事業者が業務効率化と顧客満足度向上を実現するためのヒント
――顧客体験価値を高めるための物流プロセスを構築するためには、具体的にどのようなことをすれば良いのでしょうか。
本多さん:
手段の一つとして、物流工程のアウトソーシングが考えられます。DXが進む物流アウトソーシングには、キャパシティ拡大やコスト削減など、さまざまなメリットがあります。なかでも最大の利点は、各プロセスの自動化です。これによって、自社の業務を「自動化できるもの」「自動化できないもの」に振り分け、顧客満足度向上のような「自動化できない」業務に注力できるようになります。
物流工程の自動化において、その最たる例としては、ピッキングロボットがあげられます。業務負荷が高い倉庫作業を自動化し、サービス品質の向上といった業務に時間をさけることは、想像しやすいと思います。大企業ではこうした動きが活発化していますが、さすがに中小事業者がロボットを導入するのは困難です。しかし、データの管理などの小さな業務であっても自動化していくことが、今後の競争を勝ち抜くためには必要になるでしょう。
また、プロセスをデータで可視化すると、ブラックボックス化しやすい各担当者の作業内容を共有できるので、ミスの防止や現場の働き方改革、技能伝承といった効果も期待できます。先進的なシステムの導入は出荷の安定化にもつながるため、BCPの観点からも有効です。
――委託先を選ぶ際のポイントはありますか?
本多さん:
物流アウトソーシングは、大手の物流各社が提供しています。巨大な物流プラットフォームとデータ、多数ある拠点を活用できるので、メリットは大きいでしょう。例えば、突然注文が殺到しても、強いバックヤードがあれば対応することができます。これまで商品ごとに使い分けていた配送業者を一つに絞ることで、コストや業務負荷の削減といった効果も期待できます。
一方で、工程を自動化する際はリスクを見極めることも重要です。自動化しても、消費者に対して品質を確保できるかが、最初のポイント。また、自社のEC運営にマッチしたソリューションかどうかも確認してください。Yahoo!ショッピングや楽天市場、Amazonに出品している場合は、配送サービスのレベルなど、高頻度で変わる各社の規格に対応しなければいけません。達成できなければ、店舗閉鎖によって商品を販売することすらできなくなるリスクもあります。重要なフローを委託することになるので、EC領域において実績のある業者を選定するのが良いでしょう。
――業務効率化と顧客満足度向上の両方を実現するために、最も大切なことを教えてください。
本多さん:
やはり、問題となっている現場作業者の士気を高めることではないでしょうか。自動化によって業務が効率化すれば、モチベーションが上がり、生産性も高まるはずです。すると、購買体験の提供など、創造性のある自動化できない業務に力を入れることができます。品質の高まった商品や配送プロセスを消費者に届けることができれば、最終的に企業価値の向上につながります。こうした好循環を生む最初の一歩が、注力すべきプロセスを見極めることです。ぜひ、さまざまなソリューションを活用しながら、消費者にとっての最高の一品を届けてください。