代表取締役社長 曽根忠幸さん(左)/番頭 大澤真輝さん(右)※掲載記事の内容は取材当時のものです。
新潟県三条市は、金属製品のものづくりが盛んなことで知られ、中でも庖丁などの「打刃物」は国の指定伝統的工芸品となっています。1948年創業の株式会社タダフサは、漁業や野菜収穫の現場で使われる専門用途の庖丁を長年手がけてきました。2012年、三代目社長の曽根忠幸さんはその確かな技術を活かしD2Cにチャレンジ。一般ユーザー向けの新ブランド「庖丁工房タダフサ」を立ち上げます。磨き上げた伝統の技術が生み出す庖丁本来の魅力が話題となり多くのファンを獲得しています。
株式会社タダフサの庖丁は国内外のプロが認める鉄と鋼の逸品。同社では庖丁の製造とともに、B2Bのプロ仕様の庖丁のメンテナンスを手がけ、それも重要な事業となっています。
2012年、タダフサは一般ユーザー向けの新製品を投入してD2Cにチャレンジしますが、同時に一般ユーザー向けの回収メンテナンスも事業化します。D2Cのメンテナンス事業を開始するにあたって、同社が取り組んだポイントは3つ。
① メンテナンスの必要性を一般ユーザーにも理解してもらう
② 庖丁を安全・確実に回収し、リピーターを獲得する
③ 依頼の負担を下げると同時に問い合わせを少なくし業務を効率化する
その具体的な取り組みやアイデアをご紹介します。
プロが頼るメンテナンスをD2Cでも事業に
プロにとっては当たり前の庖丁のメンテナンスですが、一般ユーザーにその感覚はありません。一般向けのメンテナンス事業をスタートするに当たって、まず商品のネガティブな側面も含めて、メンテナンスの必要性を訴えることが重要だったと、番頭の大澤真輝さんは語ります。
「家庭用庖丁ならスーパーマーケットでも安価に買える時代。プロが研ぎ直してまで使いたいタダフサの庖丁は一般向けでも1万円前後の価格です。「使ってもらえば良さがわかる」「長く使えるのでむしろお得」。そうした言葉で良さや本当の価値を伝えつつ、「使用後にキレイにして乾かさないと錆びてしまいます」と手入れが必要なこと。さらに、「使い続けるうちに鋭く尖った刃先が丸くなるので切れ味が落ちます。定期的に研ぎ直してください」というメンテナンスの必要性を訴えています。何かあったら、すぐに相談して。購入後もその庖丁を一緒に大事に使っていきましょう。その気持ちを伝えるために、最初に『不都合なこと』も正直に伝えるようにしています」(大澤さん)
番頭の大澤さん
商品を売るだけでなく、その後のメンテナンスでユーザーとつながり続け、そのメンテナンスも事業にする。それがタダフサの目指す循環型のD2Cビジネスです。
安全なパッケージでリピーターを囲い込む
いかに手軽に安全にメンテナンスを依頼していただけるようにするか。そのためにタダフサではあらかじめ回収を想定した独自の商品パッケージを用意しています。「通い箱」と名付けられたその箱は表面中央が書類封筒に使われる「ハト目」と紐で綴じられています。庖丁はその中でしっかりと固定。購入者は、この「通い箱」にマイ庖丁を入れて、タダフサの工場に直接発送することでメンテナンスを依頼することができます。D2C立ち上げ時に、このパッケージの開発には特に力を注いだと、社長の曽根忠幸さんは言います。
「メンテナンスの必要が生じたらポンと入れて、サッと送れる。庖丁は、それ自体に衝撃を与えたくない道具であると同時に、刃物ですから輸送には細心の注意が必要です。とはいえ、どれぐらい厳重な梱包をすればいいかはユーザー個々人の判断では難しいはずです。そこで庖丁のプロである生産側で、丈夫で安心安全なパッケージをご提供して『これに入れれば大丈夫』とすることで、依頼と回収の手間を減らすことができると考えました」(曽根社長)
曽根忠幸社長
曽根社長がこだわった「通い箱」は、機能面だけでなく、ユーザーとのコミュニケーションツールとしてデザインされています。
「書類封筒のハト目を採用したのは、ユーザーとの庖丁のやり取りを何度も続けて行きたいという思いを表すためです。「いつでも手軽にメンテナンスが可能」ということをパッケージでわかりやすく伝えることが、購入検討者の背中を押す効果にもつながっています。手に入れたマイ庖丁は、「通い箱」を介してタダフサの工場へ行きつ戻りつを重ね、自分の庖丁として育っていきます」(曽根社長)
このパッケージを使った一般ユーザーとのつながりは、満足度によるリピーターの獲得、アフターサービスが利益を生む継続的なビジネスにつながっています。実は一般の人ほど、高価な庖丁を買い替える頻度や買い増やす機会も少ないものです。曽根社長はユーザー数を増やすだけでなく、付きあいを長く続けることで収益につながる循環型の事業プランを商品の開発時から想定していたのです。
独自の発注書とLINEで回収業務を効率化
発注書にも工夫があります。パッケージには「庖丁問診表」という用紙が同梱され、これがメンテナンス依頼の発注書となっています。
「『発注書』だと一般の人は書くのを躊躇することも。なので問診表と名付けました。こちらで確実に知りたいのは返送先住所と電話番号なので、それをしっかり書いて欲しい。メンテナンスの依頼内容のチェック項目は、だいたいいくらかかりそうか、料金の目安をユーザー側に事前に把握してもらうためのものです。依頼しようかどうしようかの段階で電話やメールでやり取りをくり返すのは双方手間です。そこを効率化しつつ、依頼する側がまず『何をしたいのか』『いくらかかりそうか』を事前にクリアできる仕組みが1枚で実現したと思います」(曽根社長)
研ぎ直しの料金は、庖丁専門店などでは非常に細かく料金が設定されていることもあるそうですが、タダフサでは「刃渡り」で設定しています。ユーザーにとってわかりやすく、業務の煩雑さを排除するために、誰もがわかりやすい料金設定を決めたそうです。
この「庖丁問診表」はタダフサのホームページからもダウンロードでき、他社製の庖丁でもメンテナンスを申し込むことができます。他社製の庖丁でメンテナンスを利用した方が、タダフサの庖丁を購入するケースもあり、このサービスを起点に新規ユーザーの獲得にもつながっているといいます。回収メンテナンスの事業は新たなユーザーとの接点を作る場でもあり、技術力をアピールするチャンスでもあるのです。
さらに庖丁問診表による受付後の個別のやり取りについては、LINE公式アカウントを導入しました。これも、ユーザーと現場の双方の負荷軽減に役立っていると言います。
LINEでの依頼は、曽根社長、大澤さんにもすぐに共有され、必要があれば現場の職人の判断もすぐに得られるそうです。そこには予想外のヒントもあるといいます。
「中には刃先が欠けたもの、柄が折れたものなどもあります。メンテナンスは収益事業でもあると同時に、こちらから調査に出かけなくても、様々な事情や課題を持った庖丁が工場に集まる情報収集の手段にもなっています。庖丁という誰もが使う日常の道具に、こんなニーズもあるのかと気づく。そのきっかけにもなっています」(大澤さん)